晴れ、ときどきフィリップ

エドゥアール・フィリップのネット追っかけブログ

今日のフィリップ

最近、ツイッターをネタにしておしまい!という手抜きが続いていますが
今日は少し反省して、違うネタにいってみたいと思います。

 

 

なんとフランス政府HPに
『今日のフィリップ』もとい『今日の首相』コーナーができているではありませんか!

 

www.gouvernement.fr

 

 

 

ますますもって、このブログの存在意義が問われる感じでもあります・・

 

購読しなくても良いネタ元が複数になってよかった、とも思われますが。

 

 

 

 

 

 

ページ中ほどで(今日現在)6月29日にエストニアのタリンを訪れた時の写真が

載っておりました。

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鎖に手をかけているのが、Henri Zajdenwergierさん。
1944年5月15日に輸送車両73で

タリンのPatarei牢獄に収容された、最後の生存者だそう。

 

 

 

この『輸送車両73』何かと思い、wikiで検索したらありました。

Convoi n° 73 du 15 mai 1944 — Wikipédia

なんとこの車両、約50年後の1990年になるまで、

犠牲者の家族には行き先がどこだかわかっていなかったらしい。

 

この車両はドランシーからリトアニアのカウナスの強制収容所(第9収監所)からタリンのPatarei牢獄に赴いた。だがこの行程をたどった車両はこの73号車のみ。

なぜかは謎。

 

第9収監所の壁に「ここに900人フランス人がいます」という落書きが事実究明の発端になったらしい。

 

乗車させられた878人のうち戦後生き残ったのは22名。

 

犠牲者の中には国籍を問わずユダヤ人の子供をかくまっていた『メゾンディズー』の長であるMiron Zlatinシモーヌ・ヴェイユのお父さん、Ève Line Blum-Cherchevskyのお父さん、建築家の方のアンドレ・ジャコブ、レジスタン医師のSalomon Gluck、ラビのElie Cyper や Nathan Hosanskiがいたらしい。

石碑はボビニー、タリン、カウナス、ペーラシェーズ墓地にある。

 

「ここに900人のフランス人がいます」というÈve Line Blum-Cherchevskyの本があるらしく、ドキュメンタリーフィルムもある。

 

歴史の負の遺産から目をそらさない態度というのは大事ですね。